東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)108号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 本願発明の目的、構成及び作用効果が請求の原因四1記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。
成立に争いのない甲第三号証(引用例)によれば、引用例記載のものは、水道配管の端末部に接続される給水栓に関するものである点において、本願発明の対象とする止水栓とは相違するが、その構成は請求の原因三2記載のとおりであつて、弁9(本願発明の「主栓」に相当する。)と洋盃状閉塞子(3)(本願発明の「副栓」に相当する。)が上下方向に配設され、主栓が二次側に、副栓が一次側に設けられ、副栓を回動させることにより二次側への水の流れを遮断することができる機能を有するものであり、副栓を回動させて二次側への水の流れを遮断しておけば、たとえ無断で主栓を開放し、水道水を使用しようとしても水は流出しないことが認められるから、引用例記載のものは、副栓を回動して水を遮断状態とすることにより、弁(主栓)の補修を行うという機能のほか本願発明の対象とする止水栓と同様に不使用時水の無断使用を防止する機能を併せ有するものというべきである。
原告は、本願発明に係る止水栓は、管と管とを接続するためのものであり、狭いメーターボツクス内に取り付けられ、かつ、泥水などの冠水が予測される条件下での使用が余儀なくされるものであり、引用例記載のもののように配管の端末に取り付けて使用される給水のためのものとは使用される条件及び性能が相違する旨主張する。
しかしながら、前記認定事実によれば、両者の栓としての機能をみると、両者はともに通常の栓としての機能、すなわち水道水を流したり遮断したりする機能を持つものであり、その構成をみても、両者ともに主栓と副栓とにより構成され、副栓は、補修時又は不使用時等の特定の場合は閉じておくが、通常の場合は開放しておくものであり、一方、主栓は通常の栓としての機能を持つものであつて、本願発明が止水栓であり、引用例記載のものは給水栓であるという使用部所の差異は水道栓としての通常の機能からみると実質上意味のあることとはいえないから、原告主張の点から、引用例記載のものを止水栓に適用することが困難であるということはできない。
2 原告は、審決が本願発明と引用例記載のものとの相違点<1>について判断するに当たり引用した周知例1及び同2について、右周知例記載のものは横方向に形成したシリンダー部が存在せず、また、消火栓に関するものであつて無断使用できるような性質のものではなく、一般家庭に水道を引き込むためにメーターボツクス内に配設される止水栓とは全く別異のものである旨主張する。
成立に争いのない甲第四号証(周知例1)によれば、周知例1記載のものは、補修用副弁の開閉操作を地上より容易に行うことができるようにすると共に、副弁の開弁操作に応動して副弁の開弁に先だちバイパス弁を開いて副弁の上下両側面に作用する圧力を平衡させ、副弁の開弁を容易ならしめることを目的とする、主弁4(本願発明の「主栓」に相当する。)とその下方に主弁4への通弁を開閉する副弁11(本願発明の「副栓」に相当する。)とを備え、副弁11の上下両側を連通する通孔aにバイパス弁12を設けると共にバイパス弁12の下端面にカム15を接合し、カム15に固定された回動軸16をレバー21を介して操作杆23に連結し、バイパス弁12の副弁11よりの突出部35をカム15を抱持するカム保持子14の貫孔36に挿通し、カム保持子14の外側面に突設された歯bに、回転軸16に固定されたクラツチ盤19の側面の歯cを遊隙dを存して係合させて成る地下式消火栓の補修用副弁の構造であつて、第1図(別紙図面(三)参照)は副弁11が閉ざされている状態を示し、この副弁11を略九〇度回動したとき副弁11は右図中鎖線の位置となり全開されるものであることが認められる。
また、成立に争いのない甲第五号証(周知例2)によれば、周知例2記載のものは、消火栓の弁の修理のため他の消火栓も-時送水を停止する結果となることの防止を目的とする、主閉塞弁(本願発明の「主栓」に相当する。)の下部に弁座6を設け下面の中心より偏寄せる位置に突片8を設けこれに軸孔10を穿設せる円板状の補修用弁7(本願発明の「副栓」に相当する。)を軸9により支持せしめ突片8の両側に弁7に対接する面を扁平となした二個のカム11、11´を固着して成る消火栓の構造であつて、第2図(別紙図面(四)参照)は補修用弁7が閉ざされている状態を示し、この弁7が九〇度回動したとき弁7は右図中点線の位置に定止されて全開されるものであることが認められる。
ところで、成立に争いのない甲第六号証(日本規格協会、JIS用語辞典、機械・金属編一九七四年一月二〇日発行)によれば、「シリンダ」とは、通常「その中でピストンが往復運動をする円筒形の内面を形成する部分またはそれを含む部品」を意味するものと認められるところ、前記認定事実に照らすと、周知例1記載のものは、副弁11が軸を中心にして九〇度回動するための膨出させた空間部分を有し、周知例2記載のものは、単に縦方向の筒部を有するにすぎないものであるから、右にいう通常のシリンダー部を有するものとは認め難い。
しかしながら、成立に争いのない甲第二号証の一及び二によれば、本願発明の要旨とする「主栓の下部に横方向のシリンダー部を形成し、該シリンダー部内に前記主栓とは別に胴部内流路を開閉できるスリーブ状の副栓を回転自在に内装し」の技術的意義について、本願明細書の発明の詳細な説明中に、「この発明で使用する副栓7の機構および副栓7に対するハンドル7hの機構は前記主旨を逸脱しない範囲で実施することができ、例えば図示のシリンダー式以外にボールバルブ等も使用できることは勿論である。要は主栓の下方に横方向から開閉操作ができる副栓が取付けられることが重要な要件として特定されることである。」(昭和六一年二月一五日付手続補正書第九頁第一二行ないし第一八行)と記載されていることが認められるから、本願発明の要旨中の「シリンダー部」は通常の意味における「シリンダー部」を意味するものではなく、ボールバルブ等を含む右発明の詳細な説明中に記載された要件を満たす広い意味における「シリンダー部」であると解するのが相当である。
そうであれば、単に縦方向の筒部を有するにすぎない周知例2記載のものは別として、周知例1記載のものは、前記認定の構造からみて、いわゆるボールバルブ(回転体の表面と同形のシール面を持つもの)に属するものであつて、主弁4の下方に横方向から副弁11が取り付けられ、この副弁11が軸を中心にして九〇度回動することにより開閉操作されるための膨出させた空間部分を有するものであるから、本願発明における「シリンダー部」に相当する構成を有するものというべきである。
したがつて、本件特許出願前、消火栓に関するものであるが、本願発明と同様に主栓と副栓とにより構成し、副栓の連結軸を胴部の側面から突出させ、その連結軸を横方向から回動させることにより副栓を開閉操作することは周知であつたというべきである。そして、止水栓と消火栓とは使用目的は相違するものの、水道管の栓であることにおいては共通であるから、消火栓に関する右周知技術を止水栓に適用し、副栓を内装するシリンダー部を主栓の下部に横方向に形成することは、当業者が必要に応じて容易になすことができたものというべきである。
したがつて、前記相違点<1>について、「副栓を収容するシリンダー部を主栓下部に横方向に形成するかあるいは縦方向に形成するかは、当業者であれば必要に応じて適宜選択し得る設計事項であつて、格別困難性のあることとは認められない」とした審決の認定、判断には誤りはない。
3 原告は、本願発明と引用例記載のものとの相違点<2>、すなわち、本願発明が副栓の連結軸を取囲むように保護壁を設けた点について、本願発明が「副栓の連結軸を胴部の側面から突出させ、該連結軸を取囲むように保護壁を設け、該保護壁内に臨み且つ前記連結軸に対して着脱自在な別のハンドルで前記副栓が開閉操作できるように構成したこと」は全く新規なものであり、これにより前記1の作用効果を奏することができるものであるから、この点の構成は当業者であれば容易に想到できたとはいえない旨主張する。
しかしながら、成立に争いのない乙第一号証(周知例3)によれば、周知例3記載のものは、本体1の中胴にコツク2を嵌着し、座金5及びナツト6にてこれを安定せしめ、上方には薄味切込部8及び厚味切込部9より成る「型二段式切込部を有するカバー3(本願発明の「保護壁」に相当する。)を捻子4にて冠着せしめ、これにコツク2の頭部凸部(本願発明の「連結軸」に相当する。)に嵌合する切込部を有し、しかもカバー3の二段式切込部8及び9を摺動なし得るよう厚薄二段式となしたハンドル7にコツクを回動せしむる如くなしたる水道用節水共用栓の構造(別紙図面(五)第1図ないし第4図参照)であつて、<省略>型二段式切込部を有するカバー3を冠着させることにより専用のコツク7によらなければコツク2を開くことができないようにして共用者以外には盗用されないようにしたものであることが認められるから、本件特許出願前、水道水の第三者による無断使用を防止することを目的として、第三者が水道栓を無断で用いることができないように水道栓の連結軸を取囲むように保護壁を設け、特定のハンドルによらなければ水道栓を開放できないようにすることは周知であつたというべきである。
そして、本願発明は、原告主張の構成を要旨とするものであるが、消火栓について、本願発明と同様に主栓と副栓とより構成し、副栓の連結軸を胴部の側面から突出させ、その連結軸を横方向から回動させることにより副栓を開閉操作することは本件特許出願前周知であり、止水栓と消火栓とは使用目的が相違するが、両者ともに水道管の栓であることにおいて共通することは前述のとおりである。
そうであれば、水道水の第三者による無断使用の防止を目的として栓の連結軸を保護壁で取囲むこと及び水道管の栓において、栓を主栓と副栓とにより構成し、副栓の連結軸を胴部の側面から突出させ、副栓を横方向から開閉操作することは、いずれも本件特許出願当時周知の技術であつたから、止水栓にこれらの周知技術を適用し、相違点<2>に関し、前記本願発明の要旨とする構成とすることは、当業者が必要に応じて容易になすことができたものというべきである。
原告は、周知例3記載のものは、給水栓であり、その構成からみて、前後左右及び上下がオープンになつていて全体が目視できる状態の給水栓であるがために採用できるもので止水栓では採用できない旨主張するが、両者は水道管の栓であることにおいて共通であり、止水栓と給水栓という使用形態上の差異があるからといつて、水道水の第三者による無断使用防止の目的で周知例3に記載された栓の連結軸を保護壁で取囲む技術的手段を止水栓に適用することに格別の困難があるとすることはできない。
また、引用例記載のものは前記1認定の構成と水の無断使用防止の機能を有するものであり、一方、両者の相違点<1>及び<2>につき前記認定の周知技術が存する以上、前記1認定の本願発明の奏する作用効果は、引用例記載のものに前記認定の周知技術を適用することにより通常予測し得る範囲を出るものではない。
4 以上のとおりであるから、本願発明と引用例記載のものとの相違点<1>及び<2>についての審決の認定、判断に誤りはなく、本願発明は引用例記載のもの及び前記周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものというべきであるから、審決には原告の主張する違法はない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当として棄却する。
〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
止水栓の本体を構成する胴部内にバルブシートを有する隔壁を形成して胴部内を一次側と二次側とに区分し、区分された二次側に主栓を設けた止水栓において、前記区分された一次側で且つ前記主栓の下部に横方向のシリンダー部を形成し、該シリンダー部内に前記主栓とは別に胴部内流路を開閉できるスリーブ状の副栓を回転自在に内装し、該副栓の連結軸を胴部の側面から突出させ、該連結軸を取囲むように保護壁を設け、該保護壁内に臨み且つ前記連結軸に対し着脱自在な別のハンドルで前記副栓が開閉操作できるように構成したことを特徴とする副栓付止水栓。
(別紙図面(一)参照)
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面(一)
<省略>
<省略>
<省略>
別紙図面(二)
<省略>
別紙図面(三)
<省略>
別紙図面(四)
<省略>
別紙図面(五)
<省略>